ドグラ・マグラ

阅读时间:2024年8月27日

巻頭歌

胎児よ

何故躍る

母親の心がわかって

おそろしいのか

ブウウ──────ンンン──────ンンンン………………

  1. 木綿 もめん 棉织品,棉纱、棉布,棉线。 白い、新しいゴワゴワした木綿の着物が二枚重ねて着せてあって、短かいガーゼの帯が一本、胸高に結んである。
  2. 悪鬼 っき 恶鬼,鬼怪。 磨硝子の表面には、髪の毛のモジャモジャした悪鬼のような、私自身の影法師しか映らなかった。
  3. 寝台 しんだい 床,床铺;床位;卧铺。 私は身を飜して寝台の枕元に在る入口の扉に駈け寄った。
  4. 鍵穴 かぎあな 钥匙孔。 鍵穴だけがポツンと開いている真鍮(しんちゅう)の金具に顔を近付けた。
  5. 寝具 しんぐ 寝具睡觉时所用的被褥、睡衣、枕头等。 頭文字 からもじ 首字,首字母,大写字头西文中用于句首或专有名词开头等处的大写字母。  寝具を引っくり返してみた。着ている着物までも帯を解いて裏返して見たけれども、私の名前は愚か、頭文字らしいものすら発見し得なかった。
  6. 波動 はどう 波动,周期性变化。 その声が一しきり烈しく波動して、渦巻いて、消え去ったあとには、四つの壁と、三つの窓と、一つの扉が、いよいよ厳粛に静まり返っているばかりである。
  7. 喘ぐ あぐ 喘,喘气。挣扎,苦于。 その呼吸が又も次第次第に高く喘ぎ初めました。
  8. 許嫁 いいなずけ 婚约,未婚夫(妻)。 妾です。お兄様の許嫁だった……貴方の未来の妻でした。
  9. 痴呆 ちほう ブウウン……ンンン……という時計の音一つしか無いという世にも不可思議な痴呆患者の私ではないか。
  10. 氏素性 うじすじょう 家世,门第。 その時に私のホントウの氏素性や、間違いのない本名が聞かれるかどうか、わかったものではないではないか。……彼女が果して正気なのか、それとも精神病患者なのかすら、判断する根拠を持たない私ではないか……。そればかりじゃない。
  11. 地団駄を踏む じだんだをふむ 捶胸顿足,懊丧。 私は踵が痛くなるほど強く地団駄を踏んだ。
  12. 切戸 きど (设在门扉上的)小门。 白木 しらき 本色木料,没有上色的去皮木材。 向うの入口の扉の横に、床とスレスレに取付けてある小さな切戸が開いて、何やら白い食器と、銀色の皿を載せた白木の膳が這入って来るようである。
  13. 弾みを食う 他の物の勢いに巻き込まれる。 人造石 じんぞうせき ハズミを喰(くら)った私は、固い人造石の床の上にドタリと尻餅を突いた。
  14. 甲走る かんばしる 发出尖细的声音。 ……遠い、高い処で鴉がカアカアと啼いている……近くの台所らしい処で、コップがガチャガチャと壊れた……と思うと、すぐ近くの窓の外で、不意に甲走った女の声……。
  15. 市街 がい 繁华街区,大街。 市街地。 
  16. 森閑 しんかん 寂静,万籁俱寂。 同時に世界中がシンカンとなって、私の睡眠がシックリと濃(こま)やかになって行く…………
  17. 小型 こがた 私の眼の前で、緩やかに閉じられた頑丈な扉の前に、小型な籐椅子が一個据えられている。
  18. 寺院 いん 寺院。 軍艦 ぐんかん 殊にその寺院の屋根に似たダダッ広い額の斜面と、軍艦の舳先へさきを見るような巨大な顎の恰好の気味のわるいこと……
  19. 千万 せんばん 百般地,多方地,万分,非常。 不思議に思われるのは御尤も千万です。
  20. 万 ん 无论如何万,万一 万やむを得ない時は。 万不得已的时候。 かように精神病科の仕事に立入りますのは、全然、筋違いに相違ないので御座いますが、しかし、これにつきましては、万止むを得ませぬ深い事情が……
  21. 重きをなす おもきをなす 重要な地位・位置を占める。中心となる。 この正木敬之というお方は、独り吾国のみならず、世界の学界に重きをなしたお方である。
  22. 樹立 じゅりつ 树立;建立,确立。 従来から行詰ったままになっております精神病の研究に対して、根本的の革命を起すべき『精神科学』に対する新学説を、敢然(かんぜん)として樹立されました、偉大な学者で御座います
  23. 立脚 りっきゃく 立足,根据。  純然たる科学の基礎に立脚して編み出されました、劃時代(かくじだい)的の新学理に相違ありませぬ事は、正木先生がこの教室内に、世界に類例の無い精神病の治療場を創設されまして、その学説の真理である事を、着々として立証(りっしょう)して来られました一事を見ましても、たやすく首肯出来るので御座います。
  24. 取りも直さず = すなわち 取りも直さず、貴方の過去の御記憶を回復させる事を中心と致したもので御座いました。
  25. 激化 げきか 激化,激烈化,愈演愈烈。 その害毒というものは到底、ノーベル氏が発明しました綿火薬の製造法が、世界の戦争を激化した比では御座いますまい。
  26. 普及 ふきゅう 本職の法医学の立場から考えまして、将来、このような精神科学の理論が、現代に於ける唯物科学の理論と同様に一般社会の常識として普及されるような事になっては大変である。
  27. 端緒 たんちょ 头绪、线索。 富裕 ふゆう 血統 けっとう 属する ぞくする 属于,归于,从属于。 確認されるようになりました端緒と申しますのは、やはりその富裕な一家の最後の血統に属する一人のおとなしい、頭脳の明晰な青年の身の上に起った事件で御座います。
  28. 夢中遊行 むちゅうゆうこう 梦游症。 その前の晩の夜半過ぎに、その青年が、思いもかけぬ夢中遊行を起しまして、その少女を絞殺(こうさつ)してしまいました。
  29. 時を移さず ときをうつさず 立刻,立即。 同時に、万一、貴方の御記憶が回復いたしました節には、時を移さず駈け付けまして、誰よりも先に、その事件の真相も聞かして頂かねばならぬ……
  30. 相成る いなる 变成,达到,成为。「なる」の改まった言い方。 しかも万一、貴方が過去の御記憶を回復されましたお蔭で、この事件の真相が判明致すことに相成りますれば、その必然の結果として、実に、二重、三重の深長な意味を持つ研究発表が、現代の科学界と、一般社会との双方に投げかけられまして、世界的のセンセーションを捲き起すことに相成りましょう。
  31. 例証 れいしょう 例证,举例证明。 同時に、同先生の御指導の下に、私が研究を続けております『精神科学応用の犯罪と、その証跡(しょうせき)』と名付くる論文の中の、最も重要な例証の一つをも、遺憾なく完備させて頂ける事になるので御座います。
  32. 心血 しんけつ 傾注 けいちゅう 傾注。 そうして正木先生と私とが、この二十年の間、心血を傾注して参りました精神科学に関する研究が、同時に公表され得る機会を与えて頂ける事に相成るので御座います。
  33. やおら やら 从从容容地,不慌不忙地,从容不迫地,慢慢腾腾地,徐徐地。 と云ううちに、やおら背後の華奢な籐椅子を振り返って、ソロソロと腰を卸したのであったが、その風付を見ると私は又、思わず眼を反らさずにはいられなかった。
  34. 陥れる おとしいれる 陷,陷害;诱骗,使陷入。 極度 きょくど ちょうどその最も敏感な弱点をドン底まで刺戟する、極めて強烈な精神科学的の暗示材料を用いまして、その一点を極度の緊張に陥れました結果、そこに遺伝、潜在しておりました貴方の古い古い一千年前の御祖(せんぞ)の、怪奇、深刻を極めたローマンスに関する記憶が、スッカリ遊離してしまいまして、貴方の意識の表面に浮かみ現われながら、貴方を深い深い夢中遊行状態に陥れる事に相成りました。
  35. 軽度 けいど もちろんこのような深い夢中遊行状態、もしくは極端な二重人格の実例は、普通人によくあらわれる軽度の二重人格的夢遊……
  36. 残存 ざんそん 残存、留存尚残余的。 色々な文献に残存しておりまして、世人を半信半疑の境界に迷わせております。
  37. 権威 けんい 学術 がくじゅつ ただ、何が何やら解らないまま一句一句に学術的な権威をもって、急角度に緊張しつつ迫って来る、若林博士の説明に脅やかされて、高圧電気にかけられたように、全身を固ばらせていた。
  38. 煽情 せんじょう 同時に、極度に煽情的な話の筋道は、決して無意味な筋道ではなかったのだ。
  39. 縁もゆかりもない 没有任何关系。 縁もゆかりもない他人。 記念物 きねんぶつ 実をいうと、私とは縁もゆかりもない赤の他人の記念物ばかりではあるまいか。
  40. モミアゲ 鬓角,鬓脚。 =こめかみ 頭をハイカラに刈られて、モミアゲから眉の上下を手入れしてもらっているような夢を見ているので、ホントウの私は……私の肉体はここに居るのではない。
  41. 仕立下し したておろし 新做的衣服;穿新做的衣服。 しかし、そのどれもこれもは、殆ど仕立卸しと同様にチャンとした折目が附いている上に、身体をゆすぶってみると、さながらに昔馴染でもあるかのようにシックリと着心地がいい。
  42. いじくりまわす 旋弄;漫无目的的捻弄。 その時に若林博士が、先刻から私を、色々な不思議な方法でイジクリまわしている理由がやっとわかった。
  43. 絶世 ぜっせい 绝世;绝代。 今の今まで私が夢にも想像し得なかったばかりか、恐らく世間の人々も人形以外には見た事のないであろう絶世の美少女が、思いもかけぬ隣りの部屋に、私と壁一重(ひとえ)を隔(へだ)てたまま、ミジメな精神病患者として閉じ籠められている。
  44. こともあろうに 发生什么不好,偏偏;竟然会。 事もあろうに過去と現在と未来と……夢と現実とをゴッチャにした、変妙奇怪な世界で、二重三重の恋に悶えている少女。
  45. もとの木阿弥 もとのもくあみ 一時よい状態になったものが,また前の状態にもどること。 そうして私の頭の中は、いつの間にか又、もとの木阿弥のガンガラガンに立ち帰って行ったのであった。何等の責任も、心配もない……。
  46. 脈搏 みゃくはく すると若林博士も、ちょうど脈搏の診察を終ったところらしく、左掌(ひだりて)の上の懐中時計を、やおら旧(もと)のポケットの中に落し込みながら、今朝、一番最初に会った時の通りの叮嚀な態度に帰った。
  47. 筆太 ふでぶと 粗笔浓墨。 その廊下の突当りに「出入厳禁……医学部長」と筆太に書いた白紙を貼り附けた茶褐色の扉が見えた。
  48. 正規 せいき 正规,正式规定。正式に決められていること。 正規の教育。 正規の手続きを経る。
  49. 老練 ろうれん 煙に巻く けむにまく 用大话唬人;蒙骗人。 流石さすが老練の塚江事務官も煙に捲れたまま引退ったものだそうです。
  50. 一瀉千里 いっしゃせんり それが貴方の過去の御記憶を喚び起す最初のヒントになりますので、それから先は恐らく一瀉千里に、貴方の過去の御記憶の全部を思い出される事に相成りましょう。
  51. 手許 てもと 身边,手头,手里。 やはりこの附属病室に収容されております一人の若い大学生の患者が、一気呵成(いっきかせい)に書上げて、私の手許に提出したものですが。
  52. 胎児 たいじ 胎児よ胎児よ何故躍る、母親の心がわかっておそろしいのか。
  53. 一体に いったいに 全体にならしてみると。全般的に。総じて。 一体に精神病者の文章は理屈ばったものが多いものだそうですが、この製作だけは一種特別で御座います。
  54. 往生 おうじょう 死,死亡,丧命。 それからモウ一人はやはりこの原稿を読んでから自分の脳髄の作用に信用が措おけなくなったから自殺すると云って鉄道往生をした者が一人居る位です。
  55. 顔負け かおまけ 相形见绌。 何だかモノスゴイ話ですね。正気の人間がキチガイに顔負けしたんですね。
  56. 字典 じてん といって斯様な不思議な言葉は、字典や何かには一つも発見出来ませぬ。
  57. 維新 しん 維新時代。
  58. 深遠 しんえん ~ともいうべき 可以称得上是 すなわちこのドグラ・マグラ物語の中に記述(しる)されております問題というものは皆、一つ残らず、常識で否定出来ない、わかり易い、興味の深い事柄でありますと同時に、常識以上の常識、科学以上の科学ともいうべき深遠な真理の現われを基礎とした事実ばかりで御座います。
  59. 滅亡 めつぼう 精神病で滅亡した家の宝物になっていた応挙筆の幽霊画像──
  60. ゆくりなく 偶然,意外。 ゆくりなくも。 意外地;意想不到;偶然。 そういう若林博士の気味のわるい視線を避けつつ、ハンカチで顔を拭いたが、その時に、ゆくりなくも、正面左手の壁にかかっている大きな、黒い木枠(きわく)の写真が眼についた。
  61. 奇矯 ききょう 奇特,离奇古怪『成』。 こう申しますと、わざわざ奇矯な云い廻しを致しているように思われるかも知れませぬが、決してそのような訳では御座いませぬ。
  62. 莫大 ばくだい 莫大程度非常严重,数量非常大,极其多的样子。 しかしその正木先生の頭脳の非凡さと、その資産の莫大さとの二つの点に到っては、トテモ私どもの思い及ぶところでは御座いませんでした。
  63. 昼夜兼行 ちゅうやけんこう 昼夜不停。 学校の図書館の本を借りて来て、昼夜兼行で筆写したりなぞしておりましたのに、正木先生だけはタッタ一人、頗る呑気な状態で自費で外国から取寄せられた書物でも、一度眼を通したら、あとは惜し気もなく他人に貸してやったりしておられたものでした。
  64. 篤学 とくがく 逸話 いつわ 逸话,逸闻,趣闻。 現在、この部屋に在ります標本の大部分を、独力(どくりょく)で集められた程の、非常に篤学な方で御座いましたが、殊に非常な熱弁家で、余談ではありますが、こんな逸話が残っている位であります。
  65. 祝賀会 しゅくがかい 当大学創立の三週年記念祝賀会が、大講堂で行われました際に、学生を代表された正木先生が、こんな演説をされた事があります。
  66. 賭博 とばく 近頃当大学の学生や、諸先生が、よく花柳(かりゅう)の巷(ちまた)に出入したり、賭博に耽ったりされる噂が、新聞でタタカレているようであるが、これは決して問題にするには当らないと思う。
  67. 酒色 しゅしょく そもそも学生、学者たるものの第一番の罪悪は、酒色に耽る事でもなければ、花札を弄ぶことでもない。
  68. 喝破 かっぱ 喝破,道破。 と喝破された時には、満堂の学生教授の顔色が一変してしまったものでした。
  69. 唯物 ゆいぶつ いつもお気に入りの正木先生と、その頃から御指導を仰いでおりました私との二人を捉つかまえては、現代の唯物科学万能主義を罵倒したり、国体の将来を憂えたりしておられたものです
  70. 赤裸々 せきらら その代りに人間の魂をドン底まで赤裸々に解放した、痛快この上なしの精神文化をこの地上にタタキ出す
  71. 端を発する たんをはっする 开端,开头。 正木先生が卒業論文として『胎児の夢』と題する怪研究を発表されたのに、端を発したので御座いました
  72. 常軌 じょうき 常轨常规通常做法,一般方法。 その上にその主張してある主旨というものが又、極端に常軌を逸しております。
  73. 見せしめ みせしめ 儆戒,警众。 こんな学生は将来の見せしめのために放校してやるがいい。
  74. 変遷 へんせん 盛衰 せいすい 興亡 こうぼう 地質 ちしつ いわんや人類出現以前の地球の生活として記録されている地質の変遷や、古生物の盛衰興亡は、誰が見て来て、誰が記録しておいたものであろうか。
  75. 破天荒 はてんこう のみならずこの論文中に含まれている人間の精神の組み立てに関する解剖的な説明の如きは、実に破天荒なこころみです。
  76. 包含 ほうがん 包含,蕴藏。 渇望して止まなかった精神解剖学、精神生理学、精神病理学、精神遺伝学なぞというものを包含している事が明らかに認められる。
  77. 大道 だいどう 裏書き うらかき 证实,证明。 精神科学の進むべき大道を切り開いているものである事を、私は特に、今一度、私の専門の立場から、強く裏書きしておく者である。
  78. 換言 かんげん 換言致しますれば、正木先生は、御自分の書かれた卒業論文『胎児の夢』の主人公に脅やかされて行衛を晦まされたものではないかと考えられるので御座います。
  79. 不朽 ふきゅう こんな事では吾が福岡大学の名誉を不朽に伝える事は出来ないと思った。
  80. 頒布 はんぷ その祭文歌を印刷したパンフレットを民衆に頒布して廻わられたのです
  81. 陰に陽に いんにひなたに 明里暗里。 のみならず正木先生のそうした御事業に就いては、恩師の斎藤先生も、陰に陽に正木先生と連絡を取って、御自分の地位と名誉を投げ出す覚悟で声援をしておられた形跡があります。
  82. 返す返す かえすがえす 一再。 非常地。 とうとう世間から黙殺されてしまいましたのは返す返すもお気の毒な次第で御座いました。
  83. 氾濫 はんらん 世界中に精神異状者の氾濫が起るかも知れない事実が想像され得るのであります。
  84. 否む いむ 否定。拒绝。  正木博士のそうした大袈裟な行動の中に、解放治療の開設に関する何等かの準備的な御苦心が含まれている事は、否まれない事実と考えられます。
  85. 愚か [の形で]言うまでもなく。おろか 更不必说。 そのうちに私が身動きは愚か、返事の言葉すら出なくなっている様子を見ると、又、気をかえるようにハンカチを取出して、小さな咳払いをしつつ、スラスラと話を進めた。
  86. 起源 げん その時に正木博士が提出されました論文こそ、ダーウィンの『種の起源』や、アインスタインの『相対性原理』と同様……否、それ以上に世界の学界を震駭(しんがい)させるであろうと斎藤先生が予言されました『脳髄論』であったのです。
  87. 敬慕 けいぼ 私も敬慕の念に満たされつつ斎藤博士の肖像を仰いだが、そう思って見たせいか、神様のような気高い姿に見えたので、思わず軽いため息をさせられながらつぶやいた。
  88. 溺死 できし そうしてその翌る朝早く、水族館裏手の海岸に溺死体となって浮き上っておられたのです。
  89. 慣例 かんれい みならず、そんな風に外で深酔いをされた場合には、いつでも誰か、お相手の中の一人が、自宅まで送り付けて来るのが慣例のようになっているので、今度ばかりは全く不思議な例外としか考えられない。
  90. 防波堤 ぼうはてい (港湾的)防波堤;防范物。 何しろ先生が海に落ちておられた附近は千代町(ちよまち)方向から長く続いた防波堤になっておりますので、どこからどんな風に歩いて来られて、どこで踏み外して海へ落ちられたものか、足跡一つ発見出来ませぬ。
  91. 人為 じんい ここでは仮りに因縁と申しておきましょう。しかしこの因縁が、果して人為のものか、それとも天意に出(い)でたものであるかは、やはり貴方が御自身の過去の御記憶を回復されました後でないと、確定的な推測が出来ませぬので……
  92. 投身 とうしん 跳进河海(火山口等)。 しかも、ちょうど一年前に、斎藤先生が溺死を遂げられた、水族館裏の同じ処で、投身自殺をされたのです。
  93. 綴じ込む とじこむ 订在一起,合订,插入活页。 遍歴 へんれき 遍历,周游,经历。 内地 ないち すなわち、その一番初めに綴込んであります赤い表紙のパンフレットは、正木先生が日本内地を遍歴される片手間に、到る処の大道で、人を集めて配布された『キチガイ地獄外道祭文(げどうさいもん)』と題しまする阿呆陀羅経(あほだらきょう)の歌です。
  94. 棲息 せいそく 新聞記者へ説明されましたもので『この地球表面上に棲息している人間の一人として精神異状者でないものはない』という精神病理学の根本原理が、極めて痛快、卒直に論証してあります。

キチガイ地獄外道祭文

略,太难读了….看的中文

地球表面は狂人の一大解放治療場

1.

文句

  1. 叫ぼうにも叫ばれず、出ようにも出られぬ恐怖に包まれて、部屋の中央(まんなか)に棒立ちになったまま喘いでいた。
  2. 私の返事を待つつもりらしく、口をピッタリと閉じて、穴のあく程私の顔を凝視しているのであったが、その緊張した表情には、何かしら私の返事に対して、重大な期待を持っている心構えが、アリアリと現われているのであった。
  3. しかし、ご心配には及びませぬ。
  4. 読んで御覧になれば、おわかりになりますが。