狂人は笑う
狂人は笑う
阅读时间:2024年9月21日
感想
この作品には2つの物語が収められています――「青ネクタイ」と「崑崙茶」、それぞれ一人の女性と一人の男性による独白です。全体として読むと、どこかぼんやりとした感覚があり、これらの主人公たちが語っている物語が現実なのか、それとも彼ら自身の妄想なのかはっきりしません。
「青ネクタイ」の女性主人公は、自らの口述によれば、放課後に帰宅した際に叔父に2階の倉庫に監禁されたと言います。理由は、彼女が精神病にかかっているからだとのことです。倉庫の中で彼女は人形を発見し、その中には新聞の切れ端が隠されており、そこには叔父が母親の財産を狙い、母親を殺して壁の中に封じ込めたうえ、遺産相続人である彼女を「狂人」として監禁したことが記されていました。名探偵「青クタイ」(あだ名)はその事実を突き止め、法廷で彼女の相続権と人身の自由を守るために奮闘します。彼女はその新聞の切れ端を読んだ後、真夜中に倉庫から脱出し、叔父を残忍に殺害しましたが、最終的に精神病院に収容されました。彼女は自分を治療する院長がその探偵だと思い込んでおり、毎日その院長が青ネクタイをつけているのを目にしていました。文脈から判断すると、これらすべてが彼女の妄想であり、母親が叔父に殺され、探偵が彼女の自由のために戦ったというのは虚構にすぎません。唯一の真実は、精神を病んだ彼女が叔父を手にかけたという出来事です。
「崑崙茶」では、中国雲南地方のある種の毒品に似たお茶の歴史が多く描かれています。男性主人公は、自分と同じ病室にいる中国人留学生がひそかにこの「崑崙茶」を飲ませ、自分を一晩中眠らせず、精神に大きなダメージを与えたと妄想しています。しかし、実際にはその中国人留学生は存在せず、彼の卒業論文(中国の降霊術に関するもの)が彼を精神的に追い詰めたのかもしれません。
夢野久作は、一人称視点で物語を語る手法に長けており、大量の省略記号や息遣いの描写を伴い、主人公の神経質さや曖昧な物語の進行を、より一層掴みどころのないものにしています。
1 青ネクタイ
- 儚む はかなむ 厌(世)。 妾はねえ。失恋の結果世を儚みて、何度も何度も自殺しかけたんですってさあ。
- 強欲 強慾 ごうよく 贪婪。贪得无厌。 横領 おうりょう 侵占,侵吞,霸占。 不法監禁 ふほうかんきん 巨万 きょまん 巨额,极多。 たらしめる 使成为让人…。助動詞「たり」の未然形に助動詞「しめる」の付いたもの。…としてあるようにする。 すなわち強慾なる彼女の叔父は、彼女の母親の財産を横領せむがため、ひそかに彼女の母親を殺して、地下室の壁の中に塗籠めたもので、次いでその遺産の相続者たる彼女を不法檻禁して発狂せしめ、法律上の相続不能者たらしめようとしていた確証が発見され、彼女の正気なる事が判明したので、彼女は巨万の富を相続すると同時に、青ネクタイ氏と結婚する事になった。
2 崑崙茶
- あのね……耳を貸して下さい。済みませんが……。
- ~からというもの(は) 自从~后,发生某种变化,并且之后持续着相同的状态。 ……僕の不眠症の原因がわかったんです。ここへ入院してからというもの、どうしても眠れなかった原因が……。
- 神経衰弱 しんけいすいじゃく 卒業論文なんかにのろわれて、神経衰弱にかかったんじゃありません。別にチャンとした原因があるのです。事実の証拠が眼の前に在るのです。
- ……そ……そんな事があるもんですか。
- 精製 せいせい 精制,精心制造,特制。 精炼,提炼。 崑崙茶といって、一種特別のタンニンを含んだお茶から精製したエキスみたいなものなんです。
- エキス extract(药和食物的)提取物,精华。 粉末 ふんまつ その崑崙茶のエキスで作った白い粉末で「茶精」っていう奴をあの留学生は、どこかに隠して持っているのです。
- なんかと、そんな事ばっかりを、一心に考え詰めている矢先に、横の方から和やかな寝息がスヤスヤ聞えて来たりなんかしたら、もうトテモたまらなくなるんです。神経が一遍に冴え返ってしまって、煮えくり返るほど腹が立って来るんです。聞くまいとしてもその寝息が一つ一つにスヤリスヤリと耳の奥に沁み込んで来る。そのたんびに腹立たしさがジリジリと倍加して行く。しまいにはその寝息の一つ一つが、極度に残忍な拷問(ごうもん)か何ぞのように思われて来て、身体中にビッショリと生汗がニジミ出て来るのです。そうして、その寝息をしている奴を殺すか、自分が自殺するか、二つに一つ……といったような絶体絶命の気持になって、あっちに寝返り、こっちに寝返りし初めるのです。アイツは僕のために、毎晩そんな気持を味わせられているんです。
- シナは昔から実に不思議な国ですからね。僕のあこがれの国といってもいい位なんです。
- 鳳凰 ほうおう 高原 こうげん 彼等はそれから険阻(けんそ)な山道を越えたり、追剥(おいはぎ)や猛獣の住む荒野原を横切ったり、零下何度の高原沙漠を、案内者の目見当一ツで渡ったりして、やがて崑崙山脈の奥の秘密境に在る、遊神湖(ゆうしんこ)という湖の近くに到着するのです。
- 王国 おうこく 詳しい事はわかりませんが、その遊神湖という湖の周囲には、歴史以前に崑崙国といって、素敵に文化の進んだ一つの王国があったそうです。
- 茂る しげる (草木)繁茂。 花畑 はなばたけ その周囲には天然の森が茂り、高山風の花畠が展開して、珍らしい鳥や見慣れぬ蝶が、長閑(のどか)に舞ったり歌ったりしている。
- 新芽 しんめ 新芽の中の新芽ばかりをチョイチョイと摘み取ると、見返りもせずに人間の手許へ帰って来るのだそうです。
- 是非 ぜひ 是非;正确与错误,对与不对;善恶,好与坏。 雑念 ざつねん 水晶 すいしょう 神気 しんき そのうちにアラユル妄想や、雑念が水晶のように凝り沈み、神気が青空のように澄み渡って、いつ知らず聖賢(せいけん)の心境に瞑合(めいごう)し、恍然(こうぜん)として是非を忘れるというのです。その神々(こうごう)しい気持よさというものは、一度味わったらトテモトテモ忘れられないものだそうです。
- 称号 しょうごう 奉る たてまつる 奉上,献上。 仙人 せんにん 崑崙仙士とか道人とかいったような特別の称号なんかを奉られて、仙人扱いにされるのだそうですが、しかし、何しろその一回の旅行費だけでも一身代かかる上に、頭も身体も役に立たない廃人同様になって、あらゆる方向から財産を消耗する事になるのですから、余程の大富豪で無い限り、四五遍も崑崙茶を飲みに行くうちには、財産をスッカラカンに耗(す)ってしまうものだそうです。
- 見様見真似 みようみまね 依葫芦画瓢。 萎縮 いしゅく 中には崑崙茶の味なんか知らないまま、見様見真似に「茶精」の味ばかりに耽溺(たんでき)して、アッタラ青春を萎縮させてしまう青年少女も居るといった調子ですが、今そこに寝ているシナ留学生は、たしかにその一人に相違ないのです。
- 重曹 じゅうそう 〈化〉碳酸氢钠,重碳酸钠,小苏打。 苦くも何ともありゃあしない。塩っぱい味がする……重曹の味だけだ。オカシイナ……オカシイ……。