斜陽

阅读时间:2025年6月8日

  1. 匙 さじ 匙,匙子,小勺。 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが「あ」と幽かな叫び声をお挙げになった。
  2. 爵位 しゃくい 爵位があるから、貴族だというわけにはいかないんだぜ。
  3. 乞食 こじき 乞丐,叫花子〔化子〕。 じっさい華族なんてものの大部分は、高等御乞食(おんこじき)とでもいったようなものなんだ。
  4. お結び おむすび 饭团的敬语。 「おむすびが、どうしておいしいのだか、知っていますか。あれはね、人間の指で握りしめて作るからですよ」
  5. 宮殿 きゅうでん けさのスウプの事から、ずいぶん脱線しちゃったけれど、こないだある本で読んで、ルイ王朝の頃の貴婦人たちは、宮殿のお庭や、それから廊下の隅などで、平気でおしっこをしていたという事を知り、その無心さが、本当に可愛らしく、私のお母さまなども、そのようなほんものの貴婦人の最後のひとりなのではなかろうかと考えた。
  6. 裏ごし うらごし 细眼滤器,滤网,筛网,用筛网过滤。 けさのスウプは、こないだアメリカから配給になった罐詰のグリンピイスを裏ごしして、私がポタージュみたいに作ったもので、もともとお料理には自信が無いので、お母さまに、いいえ、と言われても、なおも、はらはらしてそうたずねた。
  7. 竹藪 たけやぶ 竹林。 垣 かき 垣墙;篱笆;栅栏。 蛇の話をしようかしら。その四、五日前の午後に、近所の子供たちが、お庭の垣の竹藪から、蛇の卵を十ばかり見つけて来たのである。
  8. 崇める あがめる 崇拜,尊敬。 蛇ぎらいというよりは、蛇をあがめ、おそれる、つまり畏怖の情をお持ちになってしまったようだ。
  9. 滅相もない めっそうもない 没有的事情,岂有此理,岂敢岂敢。 = とんでもない 蛇の卵を焼いたのを、お母さまに見つけられ、お母さまはきっと何かひどく不吉なものをお感じになったに違いないと思ったら、私も急に蛇の卵を焼いたのがたいへんなおそろしい事だったような気がして来て、この事がお母さまに或いは悪い祟たたりをするのではあるまいかと、心配で心配で、あくる日も、またそのあくる日も忘れる事が出来ずにいたのに、けさは食堂で、美しい人は早く死ぬ、などめっそうも無い事をつい口走って、あとで、どうにも言いつくろいが出来ず、泣いてしまったのだが、朝食のあと片づけをしながら、何だか自分の胸の奥に、お母さまのお命をちぢめる気味わるい小蛇が一匹はいり込んでいるようで、いやでいやで仕様が無かった。
  10. 無条件降伏 むじょうけんこうふく 私たちが、東京の西片町のお家を捨て、伊豆のこの、ちょっと支那ふうの山荘に引越して来たのは、日本が無条件降伏をしたとしの、十二月のはじめであった。
  11. 速達 そくたつ 快信;快件;速寄。 十一月の末に叔父さまから速達がきました。
  12. 名医 いい 「名医かも知れないわ」。
  13. 見せかけ 虚有其表,假装,外观,表面上,外表。 この山荘の安穏は、全部いつわりの、見せかけに過ぎないと、私はひそかに思う時さえあるのだ。
  14. 恋、と書いたら、あと、書けなくなった。

  1. 薪 まき 柴火,柴,薪填进炉灶等中供作燃料的木头。 小走りに走って行ってお風呂場のくぐり戸をあけ、はだしで外に出てみたら、お風呂のかまどの傍に積み上げてあった薪の山が、すごい火勢で燃えている。
  2. 箴言 しんげん 私は急に楽しくなって、ふふんと笑った。機(おり)にかないて語る言(ことば)は銀(ぎん)の彫刻物(ほりもの)に金(きん)の林檎(りんご)を嵌(は)めたるが如(ごと)し、という聖書の箴言を思い出し、こんな優しいお母さまを持っている自分の幸福を、つくづく神さまに感謝した。 一句话说得合宜,就如金苹果落在银网子里。
  3. 宮様 みやさま 对皇族的敬称。 らはら 担心,忧虑。  宮様だか何さまだか知らないけれども、私は前から、あんたたちのままごと遊びみたいな暮し方を、はらはらしながら見ていたんです。 
  4. ヤ 小火灾。 なにね、薪がちょっと燃えただけなんです。ボヤ、とまでも行きません。
  5. 醜態 しゅうたい 縁側 えんがわ 廊子,走廊。 火事を出すなどという醜態を演じてからは、私のからだの血が何だか少し赤黒くなったような気がして、その前には、私の胸に意地悪の蝮(まむし)が住み、こんどは血の色まで少し変ったのだから、いよいよ野性の田舎娘になって行くような気分で、お母さまとお縁側で編物などをしていても、へんに窮屈で息苦しく、かえって畑へ出て、土を掘り起したりしているほうが気楽なくらいであった。
  6. 地べた べた 地面。 地下足袋というものを、その時、それこそ生れてはじめてはいてみたのであるが、びっくりするほど、はき心地がよく、それをはいてお庭を歩いてみたら、鳥やけものが、はだしで地べたを歩いている気軽さが、自分にもよくわかったような気がして、とても、胸がうずくほど、うれしかった。
  7. 軍服 ぐんぷく 戦局がそろそろ絶望になって来た頃、軍服みたいなものを着た男が、西片町のお家へやって来て、私に徴用の紙と、それから労働の日割を書いた紙を渡した。
  8. 丸太 まるた (剥掉树皮的)圆木头,木料。 或るお天気のいい日に、私は朝から男の人たちと一緒に丸太はこびをしていると、監視当番の若い将校が顔をしかめて、私を指差し、「おい、君。君は、こっちへ来給きたまえ」。
  9. ス 茄子。 私は黙っておナスに水をやっていた。ああ、そういえば、もう初夏だ。
  10. 四季咲き しきざき 四季开的花。 「私なら薔薇がいいな。だけど、あれは四季咲きだから、薔薇の好きなひとは、春に死んで、夏に死んで、秋に死んで、冬に死んで、四度も死に直さなければいけないの?」
  11. 四方山 よもやま 杂谈;闲话;闲聊;杂事;琐事。 「五、六日前に、和田の叔父さまからおたよりがあってね、叔父さまの会社に以前つとめていらしたお方で、さいきん南方から帰還して、叔父さまのところに挨拶あいさつにいらして、その時、よもやまの話の末に、そのお方が偶然にも直治と同じ部隊で、そうして直治は無事で、もうすぐ帰還するだろうという事がわかったの。でも、ね、一ついやな事があるの。そのお方の話では、直治はかなりひどい阿片アヘン中毒になっているらしい、と……」

  1. シュウマイ 焼売。 シュウマイあります、と貼りふだしろよ。
  2. 蔵書 ぞうしょ 下の農家の中井さんにお手伝いをたのみ、直治の洋服箪笥や机や本箱、また、蔵書やノートブックなど一ぱいつまった木の箱五つ六つ、とにかく昔、西片町のお家の直治のお部屋にあったもの全部を、ここに持ち運びました。
  3. 学問とは、虚栄の別名である。人間が人間でなくなろうとする努力である。
  4. したり顔 したりがお 得意的面孔,自夸的神气。 友人、したり顔にて、あれがあいつの悪い癖、惜しいものだ、と御述懐。
  5. 自分たちの幸福のために、相手を倒す事だ。殺す事だ。
  6. 腕輪 うでわ 手镯,臂环。 里から私に附き添って来たばあやのお関さんと相談して、私の腕輪や、頸飾(くびかざり)や、ドレスを売った。

  1. 押しかけ おしかけ 不请自来,任性地前往。 けれども、かんじんのM・Cのほうで、私をどう思っていらっしゃるのか。それを考えると、しょげてしまいます。謂いわば、私は、押しかけ、………なんというのかしら、押しかけ女房といってもいけないし、押しかけ愛人、とでもいおうかしら、そんなものなのですから、M・Cのほうでどうしても、いやだといったら、それっきり。
  2. 雨後 ご それこそ、雨後の空の虹みたいに、思っていらっしゃったのでしょうか。
  3. 天狗 てんぐ 自夸,自负,骄傲,翘尾巴(的人)。 謡曲 ようきょく 民谣歌曲。 その師匠さんが、先年奥さまをなくなさったとかで、和田の叔父さまと謡曲のお天狗ぐ仲間の或る宮家のお方を介し、お母さまに申し入れをなさって、お母さまは、かず子から思ったとおりの御返事を師匠さんに直接さしあげたら? とおっしゃるし、私は深く考えるまでもなく、いやなので、私にはいま結婚の意志がございません、という事を何でもなくスラスラと書けました。
  4. こじつけ 牵强附会,生搬硬套,强词夺理。 へんな、こじつけの理窟りくつみたいだけど、でも、私の考えは、どこも間違っていないと思うわ。
  5. 札付き ふだつき (贴在商品上的)价格标签。 声名狼藉,恶名昭彰。 「よくわからないけど、どうせ直治の師匠さんですもの、札つきの不良らしいわ」

  1. 到来物 とうらいもの 外来物;进口货。 先生は、ではのちほど伺いましょう、これは到来物でございますが、とおっしゃって応接間の隅の戸棚から梨(なし)を三つ取り出して私に下さった。
  2. しゃんこ 被驳倒,被说得无言以对,灰心丧气。 にわかに私は、ぺしゃんこにしょげた。そうして、途方にくれて薄暗い部屋の中をぼんやり見廻し、ふと、死にたくなった。
  3. 破壊は、哀れで悲しくて、そうして美しいものだ。破壊して、建て直して、完成しようという夢。そうして、いったん破壊すれば、永遠に完成の日が来ないかも知れぬのに、それでも、したう恋ゆえに、破壊しなければならぬのだ。革命を起さなければならぬのだ。ローザはマルキシズムに、悲しくひたむきの恋をしている。
  4. 人間は恋と革命のために生れて来たのだ。
  5. 浮腫む むくむ 浮肿,虚肿。 お母さまのお手が、むくんでいるのだ。
  6. 思いの丈 おもいのたけ (男女间)倾心思慕,痴情。 静かにおっしゃったが、ご自分のおからだよりも、かず子の身を心配していらっしゃる事がよくわかって、なおの事かなしく、立って、走って、お風呂場の三畳に行って、思いのたけ泣いた。
  7. 病床 びょうしょう 老先生は、病床のお母さまに向って大きな声で言い、それから直治に眼くばせして立ち上った。
  8. 余念がない よねんがない 专心,埋头,心无二用。 その日も私は、別に編みたい気持も無かったのだが、お母さまの傍にべったりくっついていても不自然でないように、恰好をつけるために、毛糸の箱を持ち出して余念無げに編物をはじめたのだ。
  9. 幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか。悲しみの限りを通り過ぎて、不思議な薄明りの気持、あれが幸福感というものならば、陛下も、お母さまも、それから私も、たしかにいま、幸福なのである。
  10. それから、三時間ばかりして、お母さまは亡くなったのだ。秋のしずかな黄昏、看護婦さんに脈をとられて、直治と私と、たった二人の肉親に見守られて、日本で最後の貴婦人だった美しいお母さまが。

  1. 木枯らし こらし 秋风,寒风从秋末到冬天刮的强冷风。 こがらしの強く吹いている日だった。
  2. さにあらず 并非如此;不是那样;并非那样。 飽和点 ほうわてん 奇癖 きへき  奇癖,怪癖。 「いや、いや、さにあらず。実はね、これは僕の奇癖でね、お酒の酔いが飽和点に達すると、たちまちこんな工合のくしゃみが出るんです。酔いのバロメーターみたいなものだね」
  3. 鼻持ちならない はなもちならない 臭不可闻;令人作呕『成』;俗不可耐『成』。 「僕は貴族は、きらいなんだ。どうしても、どこかに、鼻持ちならない傲慢なところがある。あなたの弟の直さんも、貴族としては、大出来の男なんだが、時々、ふっと、とても附き合い切れない小生意気なところを見せる。
  4. 遮二無二 しゃにむに 胡乱;盲目地;一个劲儿地,不管三七二十一。 岩が落ちて来るような勢いでそのひとの顔が近づき、遮二無二私はキスされた。性慾のにおいのするキスだった。私はそれを受けながら、涙を流した。屈辱の、くやし涙に似ているにがい涙であった。涙はいくらでも眼からあふれ出て、流れた。
  5. 飢餓 が そんなものは、ただ、飢餓の野獣の餌食になるだけだ。みじめな人が多すぎるよ。キザかね。

  1. 留保 りゅうほ (权利,义务的)保留,对条约中某条款的限制。 人間は、自由に生きる権利を持っていると同時に、いつでも勝手に死ねる権利も持っているのだけれども、しかし、「母」の生きているあいだは、その死の権利は留保されなければならないと僕は考えているんです。それは同時に、「母」をも殺してしまう事になるのですから。
  2. 野次馬 弥次馬 やじうま (跟在后面)起哄,怪叫,奚落的人们;看热闹的人,乱吵乱嚷的人群。 街路や原っぱで死んで、弥次馬たちに死骸をいじくり廻されるのは、何としても、いやだったんです。
  3. 地盤 じばん 僕には、希望の地盤が無いんです。さようなら。

  1. あてにする 指望,相信,期待。 私には、はじめからあなたの人格とか責任とかをあてにする気持はありませんでした。
  2. 私生児 しせいじ 私はあなたを誇りにしていますし、また、生れる子供にも、あなたを誇りにさせようと思っています。私生児と、その母。

2025年6月20日读毕