瓶詰地獄
瓶詰地獄
候文
拝呈
時下益々御清栄、奉慶賀候。陳者、予てより御通達の、潮流研究用と覚しき、赤封蝋附きの麦酒瓶、拾得次第届告仕る様、島民一般に申渡置候処、此程、本島南岸に、別小包の如き、樹脂封蝋附きの麦酒瓶が三個漂着致し居るを発見、届出申候。右は何れも約半里、乃至、一里余を隔てたる個所に、或は砂に埋もれ、又は岩の隙間に固く挟まれ居りたるものにて、よほど以前に漂着致したるものらしく、中味も、御高示の如き、官製端書とは相見えず、雑記帳の破片様のものらしく候為め、御下命の如き漂着の時日等の記入は不可能と被為存候。然れ共、尚何かの御参考と存じ、三個とも封瓶のまま、村費にて御送附申上候間、何卒御落手相願度、此段得貴意候。
敬具
××島村役場㊞
海洋研究所 御中
- 拝呈 はいてい 敬启者。(手紙の書き始めに書いて、相手への敬意を表す語。拝啓。)
- 清栄 せいえい 在书信里祝愿对方兴旺、健康的问候语,健康幸福,清绥,时绥,台绥,康泰。(手紙で、相手の繁栄・健康を祝う、あいさつのことば)。 時下ますますご清栄の段。 (祝)时下愈益康泰。
- 陳者 のぶれば 候文(そうろうぶん)の手紙で,冒頭のあいさつのあと,本文に入る前に書く語。 =申しあげますが。さて。
- 拾得 しゅうとく 拾得。(落とし物を拾うこと。)
- 乃至 ないし 到,至。(…より…まで。) 定員は五名乃至八名。 或,或者。(あるいは。)
- 敬具 けいぐ <书信>敬启,谨上,谨启,敬上。(つつしんで申しあげます,の意。手紙の最後に添える言葉。「拝啓」と照応して用いる。敬白)。
- 御中 おんちゅう 公启。邮件上,添加在个人名字之外的公司、团体等收件人名下的词语。(個人あてでない郵便物を出すとき、その宛名の下に添える語。)
第一の瓶の内容
- 煙突 えんとつ 烟筒,烟囱。 大きな二本のエントツの舟から、ボートが二艘(そう)、荒浪の上におろされました。
- 喇叭 らっぱ けれども、それは、私たち二人にとって、最後の審判の日の箛よりも怖ろしい響きで御座いました。
- フカ 〈动〉鲨鱼,鲛鱼。 そうしたら、いつも、あそこに泳いでいるフカが、間もなく、私たちを喰べてしまってくれるでしょう。
- 哀れみ あわれみ 可怜,怜悯,同情。(かわいそうに思う心。慈悲。同情。) そうして、お父様と、お母様に懐(いだ)かれて、人間の世界へ帰る、喜びの時が来ると同時に、死んで行かねばならぬ、不倖(ふしあわせ)な私たちの運命を、おあわれみ下さいませ。
- 餌食 えじき 饵食。作动物的食饵而被吃掉的活物。 (成为他人欲望或利益的)牺牲品。 どうぞ、これよりうえに懺悔(ざんげ)することを、おゆるし下さい。私たち二人はフカの餌食になる値打ちしか無い、狂妄(しれもの)だったのですから……。
第二の瓶の内容
- 年中 ねんじゅう 全年,整年,终年。(1年の間。)整年,终年,,一年到头。总是,始终,不断地。(いつも。しじゅう。絶えず。) この島は年中夏のようで、クリスマスもお正月も、よくわかりませぬが、もう十年ぐらい経っているように思います。
- 虫眼鏡 むしめがね 凸透镜,放大镜。 その時に、私たちが持っていたものは、一本のエンピツと、ナイフと、一冊のノートブックと、一個のムシメガネと、水を入れた三本のビール瓶と、小さな新約聖書(バイブル)が一冊と……それだけでした。
- 居る おる 在。(「いる」自谦语) 生存,生长,生活。(動物が存在する。) 在,有。(人がいる。) 見たことも聞いたこともない華やかな蝶だのが居りました。
- 棒切れ ぼうきれ 棍子头,半截木棒。(棒のきれはし。短い棒。) 鳥や魚なぞは、棒切れでたたくと、何ほどでも取れました。
- 何ともいいようのないくらい 无法言喻。 それは、二人切りでこの離れ島に居るのが、何ともいいようのないくらい、なやましく、嬉しく、淋しくなって来たからでした。
- 藍色 あいいろ 藍色の空には、白く光る雲が、糸のように流れているばかり。
- 嘲笑う あざわらう 嘲笑。看不起对方而嘲讽地笑。 こう考えて、何かしらゲラゲラと嘲笑いながら、残狼(おおかみ)のように崖を馳け降りて、小舎の中へ馳け込みますと、詩篇の処を開いてあった聖書を取り上げて、ウミガメの卵を焼いた火の残りの上に載せ、上から枯れ草を投げかけて焔を吹き立てました。
- 黄金色 こがねいろ 金黄色。 ズンズンと潮が高まって来て、膝の下の海藻(かいそう)を洗い漂わしているのも心付かずに、黄金色の滝浪を浴びながら一心に祈っている、その姿の崇高さ…………まぶしさ…………。
- 責め苦 せめく 责罚、折磨。 ああ。何という恐ろしい責め苦でしょう。この美しい、楽しい島はもうスッカリ地獄です。
第三の瓶の内容
なし。
此文章版权归Kisugi Takumi所有,如有转载,请註明来自原作者