屋根裏の散歩者
屋根裏の散歩者
阅读时间:2023年7月26日
一
- 郷田三郎 ごうだ さぶろう
- 百科全書 ひゃっかぜんしょ とてもここには書き切れない程の、遊戯という遊戯は一つ残らず、娯楽百科全書という様な本まで買込んで、探し廻っては試みたのですが、職業同様、これはというものもなく、彼はいつも失望させられていました。
- 腐心 ふしん 绞尽脑汁,煞费苦心,费尽心思,处心积虑。 いくらかでも 不论多少,很多。(制限なく。わずかでも) そこで彼は、その仕送り金によって、せめていくらかでも面白く暮すことに腐心しました。
- 湿り気 しめりけ 湿气,水分。(水分を少し含んでいる感じ。また、その水分。) 真っ新 まっさら 全新,崭新。全く新しいこと。まだ使われたり触れられたりしていないこと。 さて、彼が今度移ったうちは、東栄館という、新築したばかりの、まだ壁に湿り気のある様な、まっさらの下宿屋でしたが、ここで、彼は一つのすばらしい楽みを発見しました。そして、この一篇の物語は、その彼の新発見に関聯したある殺人事件を主題とするのです。
- 雄弁 ゆうべん 雄辩。 明智の雄弁な話しぶりを聞いていますと、それらの犯罪物語は、まるで、けばけばしい極彩色(さいしき)の絵巻物(えまきもの)の様に、底知れぬ魅力を以って、三郎の眼前にまざまざと浮んで来るのでした。
- 乞食 こじき 乞丐,叫花子〔化子〕。 彼は又、屡々変装をして、町から町をさ迷い歩きました。労働者になって見たり、乞食になって見たり、学生になって見たり、色々の変装をした中でも、女装をすることが、最も彼の病癖(びょうへき)を喜ばせました。
二
- 大小 だいしょう それは丁度朝の事で、屋根の上にはもう陽が照りつけていると見え、方々の隙間から沢山の細い光線が、まるで大小無数の探照燈(たんかいとう)を照してでもいる様に、屋根裏の空洞へさし込んでいて、そこは存外明るいのです。
三
- 安普請 やすぶしん 蹩脚的建筑,简易修建,廉价建筑(的房屋)。 それから又、ここでは、他人の秘密を隙見することも、勝手次第なのです。新築と云っても、下宿屋の安普請のことですから、天井には到る所に隙間があります。
- こよなく 格外,特别。((形容詞「こよなし」の連用形から)この上なく。非常に。極めて。) 彼はもうとっくに飽き果てていた、あの浅草に再び興味を覚える様になりました。おもちゃ箱をぶちまけて、その上から色々のあくどい絵具をたらしかけた様な浅草の遊園地は、犯罪嗜好者に取っては、こよなき舞台でした。
- 天辺 てっぺん 顶,顶峰。(いただき。頂上。) 极点,顶点。 人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、火鉢(ひばち)などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。
- 不倶戴天 ふぐたいてん 同じ人間が、相手によって、様々に態度を換えて行く有様、今の先まで、笑顔で話し合っていた相手を、隣の部屋へ来ては、まるで不倶戴天の仇(あだ)ででもある様に罵っている者もあれば、蝙蝠(こうもり)の様に、どちらへ行っても、都合のいいお座なりを云って、蔭でペロリと舌を出している者もあります。
- 御伽噺 おとぎばなし 童话,民间故事,神话故事。大人讲给孩子听的故事或传说。 お伽噺に隠れ蓑(みの)というものがありますが、天井裏の三郎は、云わばその隠れ蓑を着ているも同然なのです。
- 剥がす はがす 剥下。揭下。 そこで、三郎は外の隙間から下を見て、部屋の主がすでに寝ていることを確めた上、音のしない様に注意しながら、長い間かかって、とうとうそれをはがして了いました。
- 節穴 ふしあな 瞎眼,有眼无珠。(眼力のないことをののしっていう語。) おまえの目は節穴か。 失礼ながら、お嬢様の目は節穴でございますか? 彼の目は節穴同然だ。
- そぐわない 不相称,不合拍,不切合。 ただ、それらの光景にそぐわぬのは、彼が大きな口を開いて、雷の様に鼾をかいていることでした。
- 虫唾が走る むしずがはしる 令人不快。(胸がむかむかするほど不快である) さて其日、三郎は非常な忍耐力(にんたいりょく)を以て、顔を見てさえ虫唾の走る遠藤と、長い間雑談を交えました。
四
- 錯誤 さくご 错误。〔誤り。〕 読者は已に、仮令以上の諸点がうまく行くとしても、その外に、一つの重大な錯誤のあることに気附かれたことと思います。
五
- 抜け目 ぬけめ 缺口。欠缺的地方。 疏漏,纰漏,破绽,遗漏。疏忽。 それはもう、夜の十時頃でもあったでしょうか、三郎は抜目なくあたりに気を配って、硝子窓の外なども十分検べた上、音のしない様に、しかし手早く押入れを開けて、行李の中から、例の薬瓶を探し出しました。
- 薬物 やくぶつ 药物;医药品。 彼は以前に薬物学の書物を読んで、莫児比𣵀(モルヒネ)のことは多少知っていましたけれど、実物にお目にかかるのは今が始めてでした。
- かくまで こうまで。こんなにまで。これほどまで。 刻々 こっこく 每时每刻。 増大 ぞうだい 增大,增多。 この計画には、絶対に破綻がないと、かくまで信じながらも、刻々に増大して来る不安を、彼はどうすることも出来ないのでした。
- とつおいつ 犹豫不定,摇摆不定。 ところが、そうしてとつおいつ考えている内に、ハッと、ある致命的な事実が、彼の頭に閃きました。
- 案ずるより産むが易い 踏破铁鞋无觅处,得来全不费工夫。前もって心配するよりも、実際に事に当たってみれば案外たやすい。取り越し苦労をするなの意。 案ずるよりは産むが易いとはよく云ったものです。寝惚けた遠藤は、恐ろしい毒薬(どくやく)を飲み込んだことを少しも気附かないのでした。
六
- 胴忘れ どうわすれ 突然忘记。(「度忘れ」と同じ。) 彼は、さっき毒薬を垂らす時、あとで見失っては大変だと思って、その栓を態々(わざわざ)ポケットへしまって置いたのですが、それを胴忘れして了って瓶丈け下へ落して来たものと見えます。
七
- 痴情 ちじょう 痴情,色情。(理性を失ったおろかな心。特に、色情に迷う心。) ただ遠藤が何故に自殺したかというその原因は少しも分りませんでしたが、彼の日頃の素行から想像して、多分痴情の結果であろうということに、皆の意見が一致しました。
- 処罰 しょばつ 处罚,处分。(罰を加えること。) 天網恢恢疎にして漏らさず てんもうかいかい、そにしてもらさず 天网恢恢疏而不漏。天网的目好像很粗,但不漏过坏人而将其逮捕。天道严正,做了坏事的人必然会得到报应。出自《老子》。 巧妙 こうみょう 彼は、この調子では、世間にどれ位隠れた処罰されない犯罪があるか、知れたものではないと思うのでした。「天網恢々疎にして漏らさず」なんて、あれはきっと昔からの為政者(いせいしゃ)達の宣伝に過ぎないので、或は人民共の迷信に過ぎないので、その実は、巧妙にやりさえすれば、どんな犯罪だって、永久に現れないで済んで行くのだ。
- 果ては はては 最后,终于。(しまいには。ついには。) 三郎は始めの内こそ、ビクビクもので、明智の問に答えていましたが、慣れて来るに随って、段々横着になり、はては、明智をからかってやり度い様な気持にさえなるのでした。
- 寧ろ むしろ
- 悪党 あくとう 恶徒,无赖,坏蛋。(わるものの集団。転じて、わるもの。) 水際立つ みずぎわだつ 显著地杰出(优秀、漂亮)。(あざやかに見える。) ニヤニヤと笑い相になるのを、彼はやっとの事で堪えました。三郎は、生涯の中で、恐らくこのときほど得意を感じたことはありますまい。「イヨ親玉ア」自分自身にそんな掛け声でもしてやり度い程、水際立った悪党ぶりでした。
- 珍奇 ちんき 多分、その珍奇な装飾が彼の目を惹いたのかも知れません。
- 地盤 地基。地壳,地面。 地盘,势力范围。活动的立足点或势力范围。 じばん 併し、この問答を聞いた三郎は、まるで足許の地盤が、不意にくずれ始めた様な驚きを感じました。
八
- 恐々 こわごわ 战战兢兢,提心吊胆。 それは、遠藤の声ではなくて、どうやら聞き覚えのある、外の人の声だったものですから、三郎はやっと逃げるのを踏み止まって、恐々ふり返って見ますと、
- 旋転 せんてん その時の三郎の心持は、実に何とも形容の出来ないものでした。あらゆる事柄が、頭の中で風車の様に旋転して、いっそ何も思うことがない時と同じ様に、ただボンヤリとして、明智の顔を見つめている外はないのです。
- 管轄 かんかつ あれから、この管轄の警察署長を訪ねて、ここへ臨検した一人の刑事から、詳しく当時の模様を聞くことが出来たが、その話によると、莫児比𣵀の瓶が煙草の箱の中にころがっていて、中味が巻煙草にこぼれかかっていたというのだ。
- 確証 かくしょう 确凿的证据。(たしかな証拠。) だが、残念なことには、確証というものが一つもないのだ。
底本:「江戸川乱歩全集 第1巻 屋根裏の散歩者」光文社文庫、光文社
2023年8月5日读毕
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