人でなしの恋
人でなしの恋
阅读时间:2023年8月20日
一
- 人でなし ひとでなし 无人性的人,人面兽心的人。
- 殿御 とのご 妇女对男人的敬称,妇女对丈夫、情人的敬称。(女性が男性を敬っていう語。) 病身 びょうしん 病身,多病体弱的身体。 水際立つ みずぎわだつ 显著地杰出(优秀、漂亮)。 美しいといいます中にも、病身なせいもあったのでございましょう、どこやら陰気で、青白く、透き通る様な、ですから、一層水際立った殿御ぶりだったのでございますが、それが、ただ美しい以上に、何かこう凄い感じを与えたのでございます。
- 慣れっこ なれっこ 习以为常,习惯。(すっかりなれていること。また、そのさま。) 誰かにあえばひやかされるのがなれっこになってしまって、それが又恥かしいほど嬉しくて、家中にみちみちた花やかな空気が、十九の娘を、もう有頂天にしてしまったのでございます。
二&三
- 痛ましい いたましい 可怜,凄惨,令人心酸。 今から思えば、あの時、門野の力が、私を可愛がろうとする努力が、いたましくも尽きはててしまったものに相違ありません。
- エクスタシー ecstasy(快感达顶点时的)陶醉境地;沉醉;入迷;销魂。 そのエクスタシイは形の上に過ぎなくて、心では、何か遙かなものを追っている、妙に冷い空虚を感じたのでございます。
- 浅はか あさはか 欠考虑的。 ひょっとしたら、娘心のあさはかにも、根もないことを疑って、無駄な苦労を求めているのではないかしら、幾度か、そんな風に反省して見ましても、一度根を張った疑惑は、どう解こうすべもなく、ともすれば、私の存在をさえ忘れ果てた形で、ぼんやりと一つ所を見つめて、物思いに耽っているあの人の姿を見るにつけ、やっぱり何かあるに相違ない、きっときっと、それに極っている。
- 土蔵 どぞう (外涂泥灰的)仓库。
四
- 小用 こよう 小事情,一点事(情),琐事。(ちょっとした用事。) 小便。(小便することを婉曲にいう語。) それに妙なのは、あの人が蔵へ行きますのが、極って夜更けなことで、時には隣に寝ています私の寝息を窺う様にして、こっそりと床の中を抜け出して、御小用にでもいらっしったのかと思っていますと、そのまま長い間帰っていらっしゃらない。
- はしたない 粗俗,下流,卑鄙。不讲礼仪而无品味,不文雅,不高尚。 疎む うとむ 疏远,怠慢,疏远,冷待。 どうしようかしら。ここを叩いて開けて頂こうかしら。いやいや、この夜更けに、そんなことをしたなら、はしたない心の内を見すかされ、猶更疎んじられはしないかしら。
五
- 虫の知らせ 不好的预感,莫名奇妙的预感。(よくないことが起こりそうであると感じること。) 夜更けに蔵の二階で、何事のあろう筈もないことは、常識で考えても分りそうなものですのに、ほんとうに馬鹿馬鹿しい様な、疑心暗鬼(ぎしんあんき)から、ついそこへ参ったというのは、理窟(りくつ)では説明の出来ない、何かの感応があったのでございましょうか。俗にいう虫の知らせでもあったのでございましょうか。
- 待てど暮らせど まてどくらせど 何かが来ることを期待して、その事ばかりを考えながらむなしく時を過ごすことを表わす。 まごう方なき 如假包换。 雪洞 ぼんぼり 纸罩蜡灯。 ガタガタと、落し戸を開く音がして、パッと明りがさし、雪洞を片手に、それでも足音を忍ばせて下りて来ましたのは、まごう方なき私の夫、そのあとに続く奴めと、いきまいて待てど暮せど、もうあの人は、蔵の大戸をガラガラと締めて、私の隠れている前を通り過ぎ、庭下駄の音が遠ざかっていったのに、女は下りて来る気勢もないのでございます。
六
- 身も世もない 痛不欲生,悲痛欲绝。 それ以来、私は幾度闇夜の蔵へ忍んで参ったことでございましょう。そして、そこで、夫達の様々の睦言(むつごと)を立聞きしては、どの様に、身も世もあらぬ思いをいたしたことでございましょう。
- 一五一十 いちごいちじゅう 一部始終 いちぶしじゅう いっそのこと、里へ帰って、一伍一什(いちぶしじゅう)を話そうか、それとも、門野の親御さま達に、このことをお知らせしようか、私は余りの怖わさ不気味さに幾度かそれを決心しかけたのですけれど、でも、まるで雲を掴む様な、怪談めいた事柄を、うかつにいい出しては頭から笑われそうで、却て恥をかく様なことがあってはならぬと、娘心にもヤッと堪こらえて、一日二日と、その決心を延ばしていたのでございます。
- きかん坊 きかんぼう 不听话的孩子、顽皮的孩子。不服输、争强好胜的孩子。 考えて見ますと、その時分から、私は随分きかん坊でもあったのでございますわね。
- 錠前 じょうまえ 锁。(扉などに取り付けてしまりとする金具。鍵を用いて開閉する。) それは、蔵の二階で、門野達のいつものおう瀬が済みまして、門野がいざ二階を下りるという時に、パタンと軽く、何かの蓋のしまる音がして、それから、カチカチと錠前でも卸すらしい気勢がしたのでございます。
- 長持ち ながもち 耐久,耐用,持久。(34物が長くもつこと。) 带盖的长方形衣箱。蔵の二階でそのような音を立てるものは、そこに幾つも並んでいます長持の外にはありません。さては相手の女は長持の中に隠れているのではないかしら。生きた人間なれば、食事も摂らなければならず、第一、息苦しい長持の中に、そんな長い間忍んでいられよう道理はない筈ですけれど、なぜか、私には、それがもう間違いのない事実の様に思われて来るのでございます。
- 身に余る (名誉、赞扬等)过分。過分のお褒めをいただいて身に余る光栄です。 不胜任,承担不起。 その翌日、門野の手文庫から鍵を盗み出すことは、案外易々と成功いたしました。その時分には、私はもうまるで夢中ではありましたけれど、それでも、十九の小娘にしましては、身に余る大仕事でございました。
七
- 魑魅魍魎 ちみもうりょう 百鬼夜行の物の怪の総称。 小さな窓から、金網(かなあみ)を越して、淡い秋の光がさしてはいますけれど、その窓があまりに小さいため、蔵の中は、隅の方になると、夜の様に暗く、そこに蒔絵(まきえ)だとか、金具(かなぐ)だとかいうものだけが、魑魅魍魎の目の様に、怪しく、鈍く、光っているのでございます。
- 床しい ゆかしい 品格高尚,温文尔雅。 床しい人柄。
八
- 夢見がち ゆめみがち 仿佛净做着梦的样子。 これは後になって、二三の方から伺ったことを、寄せ集めて、想像しているのでございますが、門野は生れながらに夢見勝ちな、不思議な性癖を持っていて、人間の女を恋する前に、ふとしたことから、長持の中の人形を発見して、それの持つ強い魅力に魂を奪われてしまったのでございましょう。
- 御伽噺 おとぎばなし (讲给儿童听的)故事,童话。 呵責 かしゃく 斥责;谴责。 人でなしの恋、この世の外の恋でございます。その様な恋をするものは、一方では、生きた人間では味わうことの出来ない、悪夢の様な、或は又お伽噺の様な、不思議な歓楽に魂をしびらせながら、しかし又一方では、絶え間なき罪の苛責に責められて、どうかしてその地獄を逃れたいと、あせりもがくのでございます。
九
- 恋敵 こいがたき 情敌。 恨めしい うらめしい 可恨,有怨气。(恨みたくなる気持だ。) 遗憾,可惜。(残念だ。) しかし、その当時の私は、恋に目がくらんでいたのでございましょう。私の恋敵が、相手もあろうに生きた人間ではなくて、いかに名作とはいえ、冷い一個の人形だと分りますと、そんな無生(むしょう)の泥人形に見返られたかと、もう口惜しくて口惜しくて、口惜しい(くやしい)よりは畜生道の夫の心が浅間しく、もしこの様な人形がなかったなら、こんなことにもなるまいと、はては立木という人形師さえうらめしく思われるのでございます。
- 骸 むくろ (死んだ人の)からだ。尸骸。 轢死 れきし 轧死,轧毙,碾死,碾毙。 そうして丁度人間の轢死人の様に、人形の首、胴、手足とばらばらになって、昨日に変る醜いむくろをさらしているのを見ますと、私はやっと胸をさすることが出来たのでございます。
十
- 見れば、私に叩きひしがれて、半(なかば)残った人形の唇から、さも人形自身が血を吐いたかの様に、血潮(ちしお)の飛沫(しぶき)が一しずく、その首を抱いた夫の腕の上へタラリと垂れて、そして人形は、断末魔の不気味な笑いを笑っているのでございました。
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